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「ただちに」とまだほざいてるのは枝野

経産相「節電目標ただちに変えない」 大飯再稼働後も
 枝野幸男経済産業相は15日の閣議後会見で、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)が再稼働した場合でも、7月2日から関電管内で始める15%の節電について「少なくとも直ちに見直すことはない」と述べた。再稼働の状況に関わらず、当面は節電を予定通り進める方針を示した。
 枝野氏は、再稼働した大飯原発が一定の出力を得るまでに時間がかかることや、不具合などによる一時停止のおそれがあることなどを挙げ、「スムーズに発電できる状況にならなければ、節電の目標を変えることはできない」とした。
 ただ、大飯原発が2基とも最大出力に達すると、関電管内でピーク時に不足する分とほぼ同じだけの電力を生み出せる。実際には1基ずつ動かすことになるため、2基とも順調に稼働した段階で、節電目標を15%から5~10%程度に引き下げる方針だ。(以上(朝日新聞2012年6月15日11時0分)より引用)
http://www.asahi.com./politics/update/0615/TKY201206150150.html

 原発菅災時の大本営のスポークスマンだった枝野幸男が、何の反省もなく大飯原発の再稼働をさせることを決めながら、原発再稼働をしても『ただちに』節電目標は変えないとほざいたそうだ。
 大飯原発が再稼働すれば、ただちに節電目標を見直すのが筋だろう。この夏の電力不足が分かっていながら、何も対処しなかった関西電力には、経産相としても何の咎めもなく、再稼働ありきで進めた結果がこれだ。国賊・菅直人が総理時代に『脱原発』とほざいた時の官房長官だったのは、何処の何奴だと言いたい。
 余り過激なことを書くと、枝野幸男弁護士から告訴されるから、この辺にしておくが、民主党の悪行三昧の先頭に立ってきた枝野幸男をこのまま国会議員にしておいて良いのだろうか。(No.3326)

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コメント

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。 (私の父は、玉砕した)。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

12歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。
白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2012年6月16日 (土) 12時34分

日本語には、時制がない。だから、日本語は、現実を表すための言語である。
日本語は、実況放送・現状報告のための言語であるといえる。

理想は、非現実の内容である。
現実を表す言語を使って非現実の内容を示すことは難しい。
現実構文の中の非現実の内容は、すなわち真っ赤なウソになる。
だから、日本人は、非現実を述べることもなければ、考えることもしない。
すなわち、無哲学・能天気の状態になっているのである。

日本語を使って非現実を伝えようとすると、悪意はなくとも、すくなくとも絵空事にはなる。これは、漫画の世界である。
理想にはならずして、空想になる。だから、日本人は、なかなか真面目な態度にはなれない。
理想は常に想定外になる。

金は手段か、目的か。
理想が目的にならないならば、金はその手段にはなりえない。
我が国においては、金は限りなく究極の目的に近い。
これは、人生の間違いである。政治の間違いにもなっている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
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投稿: noga | 2012年7月 7日 (土) 13時11分

「我々は、どこから来たか」、「何者であるか」そして「どこに行くのか」という三つの質問は、三つの独立した世界の内容に対応している。
これらの三つの世界の内容は、時制よって、過去・現在・未来の三つの独立した世界の表現形式で表される。

文章がなければ、主張の中から矛盾は取り除くことはできない。話は、ちゃらんぽらん・出鱈目になる。
時制がなければ、日本語のように、話の内容は実況放送・現状報告のようなものになる。つまり、現実 (現在) を表す言葉となっている。
非現実の方は、夢 (未来)・幻 (過去) のようなものになる。
不透明で不安な未来と風化の激しい過去は、まさに夢・幻の (日本) 人の世の中である。

日本人は自己を見失うことなく英米流の高等教育をも身に着けるべきである。
さすれば、自己について説明することが可能になる。英米人と対等に議論もできる。
日本人は、世界の人びとにも多大な貢献をすることが可能になる。
この教育は、大人のための英語の再教育である。言語能力の発達していない子供にはできない。

意思のあるところに罪がある。
子供・アニマルには罪がない。
殺意を持つと殺人罪になる。
殺意がないので、人は死んでも、死刑執行人は罪に問われることがない。

所詮、この世は仮の世である。
私の考える真っ当な世の中は、もっと別のところにある。
私は、この世をもっと理想に近づけてから、そちらの国に旅立ちたいと願っている。
この世のどこかにとどまって、草葉の陰に隠れてじっと日本を眺めていることもない。
日本のことも夢のまた夢となる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
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投稿: noga | 2012年7月23日 (月) 02時09分

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